「ガゼットの大鷲城」
「ウィリアム」
「薔薇とヤドリギ」
●ついにディノが無理を押して鳥籠に侵入
視線の先にいる魔物は白くなかった。
ネアと同じ、青みがかった灰色の髪をしている。
珍しい漆黒の装いは、まるで薄汚れたように、どこか燻んだ印象がある。
でも、瞳の色はいつものディノのままだ。
ネアの、大事な大事な魔物だった。
来るのが遅れてごめん、そう囁かれたらもう駄目だった。
張り詰めていた色んなものが決壊して、目尻に何とか留まっていた涙が一筋溢れてしまう。
それを拭う指先の温度を感じながら、ネアは、やっといつものように息が出来るようになった気がした。
- ウィリアムがどうにか連携を取ってディノを呼んでくれたのではなく、かなりの無理をして自力で辿り着いてくれた。
- ウィリアムがディノには越えられないと話していた結界をどうにかして、ここまでネアを迎えに来てくれた。
- ディノは、実際に少しヨレヨレになっていた。
- 素直に差し出された指先は、綺麗な皮膚が灰色に変色している。
- ここに来るにあたり、ウィリアムの言った鳥籠障害になっていた。
- ネアの位置を特定したのは、ゼノーシュだった。
- 本来ディノは、指輪を持つネアの元に容易く転移出来るのだが、今回は鳥籠の結界がその邪魔をした。
- 鳥籠の魔術の隙間を通って入国したディノは、魔術の織りの隙間を縫うことが出来るくらいに、極限まで自身を作り変えてきている。
- ほとんど人間と変わらないだけの状態で、国境から国の中心地だというこの城まで、一日で踏破して来た。
- 道中には山間部や激戦地もあり、この魔物が現在どれだけの持久力があるにせよ、指先を損なうくらいには大変な旅路だった。
そして鳥籠に侵入されたウィリアムさんは苦労人になった
「………是非に、俺を頼って下さい。そして、ガゼットではどうぞ何もされませんように」
「………ウィリアム?」
激しく苦労人の顔をしたウィリアムが、戸口の壁に手をかけて立っていた。
ディノのように目に見えてわかる傷があるわけではないのだが、いやに疲れて見える。
サラフが眉を顰めるくらいには、あからさまなぐったり具合だった。
そんなウィリアムを振り返りもせず、ディノは唇の端をゆったりとカーブさせる。
「ネアが困ることが何もなければね」
「万全を期してますから、くれぐれもその擬態を解かないで下さいね。俺は、国土まで殺すつもりはないんです」
「ディノ、ウィリアムさんはお仕事中です。この方は私の命の恩人ですので、お邪魔しないようにしなくては!」
死者の行進
- 死と災厄を撒きながら歩く一団
- 下手に燃料を焼べてしまうと、行列以外のところにも爆発的に飛散してしまう
- 彼らは、足元の影から這いずり出して死肉を喰らい、または虫の息の者達をその影に引き摺り込む。
- 死そのものを吹きかける死の妖精と、疫病の魔物。
- 悪意と失意を囁く悪夢の精霊。
ネアが隔絶に落ちた理由
「あの香炉の煙で、空間のあわいが剥き出しになっていた。あの時、何か死にまつわることを考えたかい?」
たちこめる香の煙と、司祭の朗々とした美しい詠唱。
教会音楽に、鐘の音。
「……あまり意図していませんでしたが、両親の葬儀を思ったかもしれません」
「そうか。……今回のことは、高位の魔物が集まり過ぎた場を不安定にしたことが要因だ。そこに、願いや成果を司るレイラの魔術が浸透し、開かない筈の扉を開いてしまった。やろうとしてもやれないくらい、とても稀な事故だろう」
「私が死を思ったから、死の蔓延するこの国に来てしまったのでしょうか?」
「そうだろうね。ウィリアムは、死と終焉を司る魔物だ。せめてもの幸運は、最もそれに近い彼の近くに落ちたことかな。死者の行列の中に落ちたら、無事とは言え、相当に嫌な思いをしただろうからね」
その後のレイラ(信仰)さん
彼女のご乱心の結果、逃げた。
「ネアが隔絶に落ちてしまって、私を怒らせた後に、ヒルドにも叩きのめされていたからかな?追い討ちをかけるように、アルテアからも何か言われていた」
「……そもそもアルテアさんは、文句を言う権利がある方でしょうか」
しかし、アルテアであれば、効果的でより心を抉る言葉を使いそうだ。
更に言えば、会うだけで失神していたような相手を怒らせ、ネアが知る限り最も恐ろしい妖精に叩きのめされれば、確かに心は折れたかもしれない。
かなりお労しいことに。