くすまもな日々

「薬の魔物シリーズ」個別包装仕様のファンのブログ

ネアちゃんと巻き込まれ魔物

書架妖精と魔物達」より。

ダリルさん視点のお話。

「あのさ、何でここに来て巻き込むわけ?」

その日、ダリルがそう口にしたのには立派な理由がある。

目の前には、厄介な心の傷に対する見解と治療を説いた学術本を読む、一人の魔物がいた。

ウィームに屋敷を構えているので以前より見知ってはいるが、ヴェルクレアの統括になってから、何かと顔を合わせている困った魔物だ。

アルテアさんは律儀にディノ対策の「心の傷」の書籍学術本を読んで情報収集中。

なかなか生真面目?

「ウィリアムの方が、俺より階位が上だ。本気で来られると、さすがに手が出ない」

「この世界を欲しいままに出来そうな二人が、どうしてそんなところで本気を出すかな」

確かにものすごく高位の魔物の頑張りどころとしては、微妙に珍妙事案ではある。

ダリルは半眼になって、行儀悪く書架に寄りかかり本を読んでいるアルテアを眺める。

美しい魔物だ。

あのディノとはまた違う、悪意の質の白とでもいえばいいのだろうか。

ディノは絶対性の白であり、ウィリアムは結末の白。

魔物三席の白

・ディノ→絶対性の白

・ウィリアム→結末の白

・アルテア→悪意の白

エーダリア様の豪運な仲間たち

・ヒルド

・グラストと彼の契約の公爵の魔物

・ましてやネア

(彼女を押さえておけばこの国だって手に入るだろう。)

魔物達はお気に入りの人間の為なら、その上司に国くらい与えてくれそうだ。

(うん。いざとなったら、ネアちゃん頼ろうっと)

そう考えると、何だか未来は明るい気がする。

「ほらほら、こっちが事故性の心の傷のやつだよ。それにしても、本気で原因わからないの?仮にも、あんた達の王様でしょ?」

「俺達は爵位持ちであれば、それぞれが王だ。余計な介入も接触もしない」

それぞれが王。

長い間、特につるむでもなく、淡々とした関係性だったのが、ネアちゃんという要石を得て、いろんな方向へ進化中。

「赤羽の妖精は、当分見たくない」

「みんなしてそう言うからさ、アルビクロムの舞台見て来たんだよね」

そう言うと、アルテアは静かな驚愕の眼差しをこちらに向けた。

「あの程度、そんなに大騒ぎする程?もっと激しいやつ、幾らでもあるよ。この前にね、弱味を握って更迭してやった伯爵なんかさ…」

その後、嬉々としてその個性的な趣味を教えてやれば、仮面の魔物は途中からこちらを見なくなった。

魔物さんは、老獪なのに無垢〜。

「……アルテア。よくも俺にあの妖精を送り付けましたね」

「専門家が欲しかったんだろ。この前の楽しい夜の謝礼だ。奮発してやったんだから感謝しろよ」

「お陰で、使わなくてもいい力を切り出す羽目になりましたよ。何度も言いますが、あなたと違って俺はそちらの趣味はない」

「ってことは殺したな。あの妖精の記憶によると、お前はそれなりに楽しくネアを縛ってたみたいだが?」

「その記憶は消した筈でしたが?」

「俺の魔術は、掘り起こしが得意でな」

……あれは、講義に耐えようとした結果です。あなたこそ、あの店では、彼女が舞台を見る反応を喜んでいたでしょう」

コント回なのに物騒エピソード。終焉こわい。

「どっちも楽しく一緒に遊んだ自慢はわかったけど、あの子にあんまり無理させないでやってよ。まだ、無垢なんだろうし」

常識人としての忠告をしてやったのに、なぜか二人の魔物は呆れた目をこちらに向けた。

「いや、済ませてるだろ」

「さすがにそこまで未踏破ではないだろう」

(………あ、馬鹿なのかな)

ダリルは思い切り妖艶な、かつ冷やかな侮蔑の微笑みを浮かべた。

「悪いけど、あの二人の共寝は、本当に兄妹みたいな雑魚寝だからね。って言うか、ネアちゃんの寝台への入場許可は、犬を寝台に上げるのと同じ感覚だからね?」

二人が二人して、現状把握できてなかったと知れた回でもある。

出会ってからの期間を考えれば、あの白い魔物は上手く浸食していると思うのがダリルの評価だ。

恐らく、ディノはある程度計算して丁寧に彼女を攻略している。

あまりにも不慣れな一面が混在するので、周囲には無自覚だと思われているけれど。

ディノは王様。残念な部分があるけれど、ちゃんと王様。

「言えよ。そろそろ、こっちにも旨みのある情報を落とせ」

「俺との個人的な話を、ここで共有するつもりはないな。それに、何で彼女の個人情報があなたの旨味になるんですか」

これは的確な切り返しだったらしく、アルテアは自分でも今気付いたといった風に黙り込んだ。

ウィリアムの眼差しが、かなり不審そうなものになる。

アルテアさんは、まだ無自覚。

諦観して、或いは面倒臭がって誰とも深く関わってこなかったからこそ、こんなところで容易く心に入れてしまうのだと、この老獪な魔物達はまだ気付いていない。

(早く、気付いた方が身の為だよ?)

執着は、その歩みの足をいとも容易く縺れさせる。

彼等は聡明だ。柔軟性もある。

だからこそ、気に入っているのだということを、上辺だけのわかったふりではなくて、心の底から受け入れておかないと、後々に拗れてややこしくなる。

好意は積算なのだ。

早めに小分けにして受け取っておかなければ、厄介なものに変換されるのだと、恐らく知らないのだろう。

このあたりの描写は、すごいなあと思っています。

桜瀬先生、すごいなぁ。

上部でわかったふりは、後々厄介ごとに変換される。

「馬鹿だね二人とも。早々に決済しておかないと、手に負えなくなるよ?」

今気付かなければ、恐らく次に悟るのは彼女が死んだ後だ。

でももし、面倒な方へ心が転がり、それを自覚したらどうなるのだろう。

この今のただの過分な好意が、見返りを求めるような切実なものに変わったら。

それは、何も恋ばかりだとは限らない。

恋ではなくても命を差し出し、運命を変える執着というものは少なくはない。

微笑み一つで丁寧に頭を下げ、いらないものは颯爽と廃棄しそうだ。

あの子は案外、自分にとって必要なものの切り分けが冷徹なくらいにはっきりしている。

ネアちゃんの凄いところは、自分が何を望んでいるのかハッキリしているところ。

でも、最も相応しい言葉を選ぶなら、彼女は“知っている”のだ。

突き付けられ、心があれ程までに無垢なままに、それでもこの世の底辺の一部を知っている。

恋を悟り、恋を殺したことがあるからこそ、彼女は自分の心の捌き方を知っている。

(……………殺したことがあったからなのかな)

それはきっと、人間ならではの老獪さ。

だから彼女はいつも、魔物達を稚く扱いあやして微笑むのだろう。

若いのに、すごいお嬢さんである。