「毛布妖怪と洗濯妖精」より
「そろそろ、この毛布の山をどうにかしなくてはいけません」
「………え、ひどい」
「ディノ、毛布はやはり消耗品です。一度、洗濯妖精さんに頼んで綺麗でふかふかの毛布に戻して貰いましょう」
「またこの形に戻るのかな……」
「組立は本人が行って下さい」
「………ご主人様」
「そんな目で見ても駄目ですよ。ご主人様は、魔物の巣作りの方法を知りません。再構築のお手伝いは出来ませんが、とは言え、ひとまずこの山を洗濯に出します」
その後ネアは、傷心のあまり部屋の片隅で丸まってしまった魔物の毛布を、姿すら定まっていない割にはとてもたくましい洗濯妖精に預けた。
魔物の王様は毛布で巣を作る。
「ほら、ディノ。この隙にお買いものにも行きましょう。新しいリボンを買うのでは?」
「……………買う」
ディノが捨てられない魔物であることは知っていたので、退位いただくリボンは、スクラップブックのようなものに一部を保存し、購入日と永眠日を記載しておくことにした。
そうしておくと、集めていくのも楽しいからと、何とか納得させたのだ。
購入日の記載はわかる。永眠日て・・・。
高位の魔物はお気に入りが増えたらその分捨てたりせずに収納スペースの方を広げてゆく・・・。皆もの持ちっぽい。
ネアも物は大事に使う主義だが、常用する品物の摩耗までは防げない。
本気で死ぬまで使いたいリボンに出会ったら、状態保持の魔術をかければいいし、それ以外のものは見苦しくない程度に入れ替えていこうと思っている。
状態保存の魔術。覚えたい。
「最初に買って貰ったリボンは、絶対に捨てないよ」
「ええ。そういう節目の品物であれば、保存しておけるように手をかけましょう。でも、リボンは新品過ぎると風合いが出ませんので、今くらいで状態保持の魔術をかけておきますか?」
「……うん」
結局一番お気に入りにしているリボンを、そっと手に取った魔物は安堵したように微笑む。
日頃から、こんな風に大事にしてくれているので、ネアも何だか嬉しくなってしまう。
飾り紐に至っては、もう少し摩耗性が高いものになるので、早々に状態保持をかけられているらしい。
魔物の王様としては必要のなかった知識や体験を積み重ね、ディノには、ここでの暮らしや日常に馴染んでいって欲しい。
いつか人間でしかないネアがいなくなっても、積み重ねた知識や生活のその端々に、こんな何でもない日々が在ってくれればいい。
そうすれば、そんなことだけでもご主人様はとても幸せだ。
このあたりはしんみりと切ない気持ちになりました(私が)
(元々、持って生まれた寿命が違うから)
そう考えると、老齢になってからの飛び込みは勘弁して貰おうとしみじみ考えた。
この魔物が大事とは言え、さすがに骨折の危険までは冒したくない。
ネアお婆さまと無邪気な魔物を想像してしまいました。
「今日は休日ですので、リボン屋さんに行ってから、新しく出来たスープ屋さんでも行ってみましょうか。ディノ、スープ好きですよね?」
「………うん」
「リボンは二本までです。一本は汎用性の高い黒か紺にしますよ」
「ネアが選んだ方にする」
「品物によって艶や色合いが違いますので、実物を見て決めましょうね」
「うん」
寿命と精神年齢はあまり関係がない会話。
「巣がない………」
しょんぼりと背中を丸めて大人しく付いてくるディノは、心なしかいつもより髪の毛もぱさぱさに見えた。
「ディノそんなに不安なら、こうしましょう。巣が戻らなければ、今夜は私の寝台を使っても構いません。それなら不安にならないですか?」
「……最初から?」
「ええ。お泊まり会みたいで楽しいでしょう?でも、今日は良いお天気なので、毛布達は夕方までにふかふかになっていますよ」
「………天気か」
無垢で老獪?な魔物。
本日のディノの装い
- 擬態している。
- 繊細なステッチで仕上げられたとても高価そうなカシミヤのような素材のコート
本日のネアの装い
- 服裾を少し上げて貰っているドレス
- ドレスの内側にたっぷりと詰め込まれたアンダードレスの白いレース(水跳ねが心配なのだが、一種の守護刺繍が施されている素材なので、簡単な汚れは払うだけで落ちる。)
- 一般的なレース編みのレースより、コットン地のスカラップレース素材がウィームの産業として機能しているのは、実用性の高さにもある。
(ボリュームはぐっと抑えられているけれど、ウィーム中央の女性のドレスのスカートのシルエットは、骨組みなしのクリノリンスタイルに近いのかな。綺麗にふわりと広がる形で、腰帯のリボンを後ろに流すデザインのドレスは、腰回りだけバッスルスタイルにも似たシルエットなのかも)
⚫︎クリノリンスタイルとは
19世紀中期のファッションを特徴づけるのはクリノリン・スタイルである。クリノリンは、もとは麻布に馬の尾毛を織り込んだペティコートだったが、スカートの膨らみと競いあうように改良が重ねられる。1850年代後半、針金や鯨のひげなどの輪を水平に何本もつないだ画期的なクリノリンが誕生し、さらに鉄製のフープによる大きなかご状のものへと変化していった。
本品のような軽くて着脱の容易なクリノリンの出現でスカートは急激に巨大になり、60年代に最大となる。しかし大きくなりすぎたクリノリンは、歩くにも戸口を通るにも支障をきたし、風刺画の格好の材料として取り上げられた。(クリノリンより)
⚫︎バッスルスタイルとは
19世紀後半(1860年~90年代)に流行したスタイル。腰当(バッスル)を着用しオーバースカートの裾をたくし上げて、ドレスのヒップラインを強調したもの。真横から見ると、コルセットで支えられた胸と合わせ、Sの字を書いたようになる。日本でも明治時代、貴婦人の肖像画や鹿鳴館の舞踏会を描いた浮世絵などでバッスル・スタイルの女性が描かれている。(バッスルより)
ウィーム風の服装とは
- 円環という術式が重要になるこの土地では、スカートの落ち方も円形になることが好まれる。
- 真下から見上げた時にドレス裾が円形になるように仕立てることで、スカート裾の刺繍や、アンダードレスのレース模様などがリース状の魔術を組み上げる仕掛け
- 服裾や袖口や襟元、色々なところに植物柄を上手に配置して、魔術を取り入れている
- 赤や鮮やかな黄色、はたまた橙色などを主色に使う装いの者達はまずウィームの住人ではない
- 賢明な滞在者は、ウィームに滞在している間は礼儀上装いの色を合わせてくる。
- 前述の色彩(赤や鮮やかな黄色、はたまた橙色)は、ウィームを滅ぼした統一戦争の色を帯びていると知っている。
ネアの愛用のリボンと紐の専門店
- 巻きリボンの絵柄をステンドグラスで美しく表現した飾り窓のある魔術錠の付けられた扉。
- 乾燥させたラベンダーのような独特な香り
- 所狭しと木製の棚を詰め込んである店内
- 古びた風合いが素敵な木製の商品棚の森のよう。
- そこに、色とりどりのリボンの色が入る。
- 以前はビーズも扱っていたらしいが、収容棚の形が不揃いになるのでやめた。
- リノアールもある高級商店の建ち並ぶ目抜き通りの一本裏通りにあり、世界中のリボンや髪紐を揃えている。
- 店主は隻眼のご老人妖精で、リボンの為にどこかの王族を殴り倒したという豪傑
- 安価なものは子供達にも幅広く売るが、心の籠らない買い付けには頑として応じない。
- ウィームに統一戦争前から店を構える、リボンの達人
- 店内はいつも天井までびっしりとリボンをひらめかせた巻き軸が並び、飴色の使い古された木の棚がなんとも言えない柔らかさを醸し出している。
- 様々な色のリボンが並んでもけばけばしくはなく、高級テーラーのような落ち着いた店
「そいつは、西の小国に住む少数民族が織るリボンだ。朝焼けのリボン、そぞろ日のリボン、午睡のリボン、夕暮れのリボン、夜闇のリボン、どれも高価だが色合いがいい」
どのリボンも素敵な名前がついてますね!!
朝焼けのリボン
そぞろ日のリボン
午睡のリボン
夕暮れのリボン
夜闇のリボン
「夜闇のリボンは良い色ですね」
ネアは、他のお客がいないのでと擬態を解いて貰ったディノの髪を手に取り、夜闇のリボンの隣に並べてみる。
黒紺に僅かな瑠璃の艶が混ざるそのリボンは、天鵞絨織りで手触りも良さそうだ。
やはり並べると素晴らしいので、少し値段は張るが、ディノへの贈り物なので候補に入れた。
高価ではあるが、ある程度現実的な値段をつけるのが、この店を贔屓にする理由だ。
「後は、灰雨のリボンも入荷したよ。あんたが来るようになる前から品切れしていたから、見るのは初めてだろう」
「これにするよ」
見るなり、ディノはそのリボンに即決した。
灰雨のリボン
- 青みがかった暗い灰色は、天鵞絨の艶感といいネアの髪色にとてもよく似ている。
- リボンのふちに、目を細めて見ないとわからないような細さで、虹の紡ぎ糸をステッチしているのも細やかな作業。
- 灰色の雲と青さのある冷たい雨、時折雲間から覗く陽光の虹色の煌めき。
「では一つはこれですね。後は使いやすい色合いのもの。先程の夜闇か、こちらの鴉翅、もしくは炭織、後は以前と同じ夜紡ぎでしょうか」
黒紺に、黒緑、灰黒と、紺色。
幾つか無難な色合いのものを選定して選ばせると、ディノは黒紺の夜闇のリボンを選んだ。
店内を見ていると、聞き覚えのある刺繍妖精の名前のあるリボンが並んでいた。
リボンの片端にだけ蔓草模様を刺したもので、シンプルな刺繍だからこそその美しさが際立つ。
一瞬欲しくなってしまったが、ネアの髪にもディノの髪にも似合わない鮮やかな緑色だったので、使いこなせる誰かの為に手を引くことにした。
ネアちゃんの自制心は偉い。私はコレクションとして手に入れてしまいそうです。ネアちゃんは使うためのものをちゃんと選べる。
「ネア、有難う」
「どういたしまして」
ディノは、買って貰ったリボンをしまった胸をそっと押さえて、とても嬉しそうに微笑む。
その後、出来たばかりのスープ屋に寄って、二人はパンとスープのお昼をいただいた。
- ネアはスパイシーなトマトのクリームスープ。
- ディノは山羊のチーズとズッキーニの花、じゃがいものスープを飲んでいる。
ネアが山羊のチーズのスープにどハマりしていた影響を受けて、魔物にもブームが来たようだ。
最近はよく、チーズクリーム系のスープも飲んでいる。
パンを手にして一度途方に暮れてから、ネアの真似をしてスープに浸して食べた。
(…………可愛い)
目が合うとふわりと微笑んだので、食事が終わったら頭を撫でてあげてもいいかもしれない。
可愛さと長寿はあまり関係がない事例。
「………雨が降っています?」
今日は一日中良いお天気だと聞いていたのに、外はまさかの土砂降りだった。
店内にいるお客達も、まさかという目で外を見ている。
「なんてことでしょう。ディノ、雨です」
「うん。頑張ったから」
頑張ったらしい。
「え?」
「いや、これだと毛布は乾かないね」
「そうですね、残念ですが。巣がないと不安でしょうが、今夜は私の寝台で我慢して下さいね」
「ご主人様!」
しかし、なぜか大喜びする魔物を連れて帰ったところ、毛布達は洗濯妖精の素晴らしい魔術でふかふかに乾いていた。
優秀すぎる洗濯妖精!!!
これで無事に巣作りが出来るとネアはほっとしたが、ディノ曰く形成したばかりの巣は組み立てが馴染んでいないので、まだ今夜は使えないそうだ。
言い訳する魔物の王様。
結局その夜はお泊まり会が開催され、ディノはネアの寝台で寝ることになった。
すべて王様の計画通り。