「束の間の午睡」より
ヒルドさん回
竜王の王冠
- 今はもう滅びた光竜の王が作った王冠
- それを手にした者は終生揺らぎない王位を手にする
- 王冠を持つ王が治める国も安定するので、最上級の魔術の至宝とされていた
- ただ一つ欠点があり、その王冠を使えるのは隔世
- 当代の王が使えば、次代の王には使えないので、かの品が留まるのは一国ではなく、彷徨う宝として切望されてきた。
かつてあの白い魔物の王が、歌乞いの為に持ち帰ってきた品々の中に紛れていた竜王の王冠。(「魔物が厄介なものを集めてきました」参照)
ディノがネアちゃんのために頑張って集めてきたやつ。
そんな王冠と引き換えにして、ヒルドは事実上の自由を、エーダリアと当代の歌乞いのお目付役としての役職を手に入れていた。
対外的には別の薬に対する褒賞だと公表されているが、実際にはこちらの王冠の成果が大きい。
(…………少し疲れたな)
そんなことを考えてる自分が可笑しかった。
どれだけこの場所で甘やかされているのだろう。
こんな腑抜けたことを考えることが出来ている自分に、何やら感慨深くなる。
あの深い森を離れてから、こうして幸福を噛みしめる日が来ようなど、考えたこともなかったのに。
ヒルドさん・・・働きすぎ問題。
うたた寝してるところにネアちゃん登場。
「ごめんなさい、起こしちゃいましたね」
「いえ、眠ってましたか?」
「はい。羽が下敷きでとても気になってしまって……」
「おや、私としたことが」
体を浮かせてから片手で引き出すと、ネアはぎょっとした顔になる。
「痛くないですか?」
「そうですね。……子供の頃は羽の扱いに困ったこともありますが、もう慣れましたね」
妖精が不注意で自分の羽を損なうのは、大抵が生まれたばかりの幼い妖精達だ。
ある程度育てば、多少雑に扱っても痛みなどはさして感じない。
不注意で羽が損なわれるなんて怖すぎる・・・。
「何でも手伝ってくれるんですか?」
「………ヒルドさんに危険のないものでお願いします」
「……私に?」
「あの、……ヒルドさんは、いつも危険なことをしがちと言うか。もっとご自身を大事にして欲しいです」
「危険……でしょうか?」
「そうです!」
「では、隣に座っていただけますか?」
「隣にですか?」
「ええ」
「肩をお借りしますね」
ヒルドさんが甘えておられる・・・。
あまり体重をかけすぎないように魔術の調整をかけ、その肩に頭を乗せる。
配置的なことを思えば、決して寝心地がいいわけではない。
しかし、それ以上に奇妙な安らぎを感じる。
甘えて、おられる。
負担をかけない体重調整の魔術って・・・。
しっかり気を使いつつ、甘えておられる。
どこか遠い場所で、絡繰り時計のオルゴールが聞こえる。
ざあっと風が枝葉を揺らす音に、キンと凍った窓が軋む音。
ややあって、がくりと頭が揺れた。
本気で眠るつもりはなかったのだが、一瞬眠ってしまったらしい。
気を許して、おられる。
「……ヒルドさん」
(残念、ここまでか)
片目を開けて、今起きたばかりのように深い息をついた。
さすがにこれ以上は欲張りすぎだ。
「肩枕はいけません。私にヒルドさんの頭を支えるだけの筋力がありませんし、肩はごつごつしています。膝枕にしましょう」
「………膝枕」
「はい。私がこちらの端っこに座れば、ヒルドさんの身長で横になっても、足の先が飛び出すくらいで済みそうです。ささ、こちらですよ」
かなりなご褒美な展開に。
どうやら彼女は、唐突に庇護欲に溢れてしまったようだ。
ゼノーシュに食べ物を与える時と、同じ眼差しをしている。
「………ではお借りしますね」
「はい。ご存分にどうぞ」
「………存分に」
存分とは?→ 思い切り、思い通りに、十分、心ゆくまで、などの意味の表現。
特に紳士ぶるつもりもないので、有り難くこの機会を堪能することにしたが、この危機感の薄さはどこかで調整しようと心に誓った。
ネアちゃんのすごいところは、ヒルドさんをゼノ枠でもとらえられるところ。
一度座り直してから、彼女の足の上に頭が乗るように体勢を整えた。
腕で体を支えてから横になろうとすると、不思議にも気恥ずかしくなった。
ビジュアルを想像すると、甘々なシーンだ。
漫画で描いてくれるかな。
ディノが時々殺したくなる妖精さん。
深く考えないようにして、目を閉じた。
やはり先程よりは格段に落ち着く。
けれども、異様に無防備になっている気がして落ち着かない。
今までの手練手管を剥ぎ取られて、何もしらない無垢な妖精に戻されたような気分だ。
可愛いヒルドさん。魔性のネアちゃん。
ヒルドさんの故郷の森
- 太古より魔術に満ちた、豊かな原始の森。
- 決して枯れることのない清廉な泉に、水飛沫と共に虹をかける大きな滝。
ヒルドさんの故郷の城
- 城は森の奥にある大木の横にあった。
- 一欠片でも宝石として重用される極上の緑柱石で出来た城の尖塔にはいつも、大きな月光の結晶石が輝いていた。
- 一族は、森と、湖。そして宝石を育てる妖精として古くからその森に住んでいた。
- 家々は木々に添うように建てられ、人間の国の王女達は、デビューの年には必ず、妖精の舞踏会を訪れ妖精達と踊る。
笑いさざめく声、羽の煌めき、優雅なワルツと拍手の音。
自慢の月光の剣を磨き上げ、ずっとあの国で生きていくのだと思っていた。
ずっと。
「自慢の月光の剣」。名前からしてとても似合いそうな剣。
守りたいものが出来た。
それは決してわかりやすく一重のものではなく、強欲に願えばこの手元にある全てを。
ここにある全てを、損ないたくない。
大切な弟子を、友人達を、そして彼女を。
彼女を取り巻き守る魔物達さえ、この生まれたばかりの小さな箱庭の住人として欠かせない。
ヒルドさんは、守るものを得ることで強くなれる性質の妖精。
なんて健気なんだろう。
だから、この国を損なわせないためのあの王冠(竜王の王冠)は、ひどく有難いものだった。
王冠を最後に見たのは、森の城の宝物庫だ。
竜を狩る一族の至宝として、祖父の代に使われ、次は自分が使う筈だったあの王冠。
ヒルドさんは王族。
最高位の魔物があれを手に入れてきたということは、あの王冠を奪い取った精霊王は果たしてどうなったことか。
王冠の力を以てしても、あの魔物には敵わなかったのか。
或いは使うべき時期を計っている内に、奪われてしまったのか。
いずれにせよ、小気味好い。
ざまぁ、と思っている、と。
ディノは無邪気に奪ってきちゃったけど、役に立った様子。
「あなたが、この世界に落ちてから」
低く囁く声には、充足と喜悦が滲んだ。
彼女がここにいるから、為された幸福の形。
ネアちゃんは、この世界の、恩寵・・・的な存在。
微笑みを浮かべて、目を閉じた。
暫くすれば、あの魔物が彼女を回収しに来るだろう。
せめて、もう少しだけ。
ヒルドさんの愛し方は、愛するものを取り巻く全てを守る愛し方。
愛するものが幸せであれば幸せというのは本当に尊いと思います。