「歌劇場のイブメリア(本編)」より
夜になった。
禁足地の森の奥ではダイヤモンドダストが降るに違いない、濃紫の色をした素晴らしい夜だ。
降ったばかりの柔らかな雪で、夜の街は明るく照らし上げられている。
そこに昇ったばかりの大きな満月がかかれば、この情景だけで魔術の生まれそうな素晴らしい夜だった。
妖精の馬車
- 特別な夜に転移では味気なかろうと、ヒルドがエーダリアの背を叩いて手配させたもの。
- ネアは個人的に使うのは初めて。
- 馬車を牽いているのは、妖精馬。
- 一般的に水馬が有名だが、雪深い土地には雪馬も住んでいる。
- 気性が荒めの水馬とは逆に、あまり活動を好まない馬であるそうなので、このように馬車を牽く雪馬など大変に稀少。
- かつて人外者達に愛された北の王族が、この馬車を愛用していた頃より、雪馬の馬車を見た者は幸せになるという言い伝えが、古くからウィームにはある。
- 御者台に座るのは、漆黒の燕尾服に黒い仕立ての良いコートを着た妖精。
- まだ形が定まっていないらしく、家事妖精と同じようにもやっとした黒い霧のような姿をしている。
「ディノのエスコートは優雅ですね」
「そうかな。髪の毛でもよかったけど、ネアは嫌がるからね」
「………本日は、公の場では禁止にします」
「………ひどい」
「代わりに今夜は手を繋ぎますよ!」
「………ネアは大胆だからなぁ……」
「なぜこっちを恥じらってしまうのか、私にはどうしてもわかりません……」
手を繋ぐのが大胆、に捉えられてしまう、魔物の王様。
この時期のリーエンベルクの描写
- リーエンベルクから市街地までの真っ直ぐな道には、街路樹の全てがオーナメントと魔術の火で飾られ、星屑の道のようになっていた。
- この道では屋台を出すことを禁じられている分、幻想的にイブメリアの空気を立ち昇らせている。
- 街に入るとまた、そこも別の星系の星屑の道のようだ。
- ありとあらゆるところに火が灯され、イルミネーションのような淡く小さな結晶石が煌めく。
- 大きな獣の形をしたものや、リボンや星の形を象ったもの。
- お店のショウウィンドウには、イブメリアの象徴であるモチーフが並び、歩道を歩きながらその品々を見ている家族連れが、ばさりと屋根から落ちる雪の塊を避ける。
- その次は真紅のお仕着せのホテルマンが華やかな、ザハの建物を見送る。
- 更にもう一本の通りを越え、王立図書館の前を緩やかにカーブして、中心地から外側にある博物館通りに入れば、正面にライトアップされた歌劇場が見えてきた。
とても上品なクリスマス風な情景が浮かびます。
パンの魔物
- 茶色い四角形の生き物
- 賑やかな土地を好む
- 路地裏に住んでいる
- よく人混みで踏まれてしまっているのが見付かる
歌劇場
- ライトアップされた歌劇場。
- 歌劇場の玄関には淡いシャンパン色の魔術の炎が煌々と燃え、各国の要人も訪れているのか、近隣諸国の国旗も見える。
- 大きく開いた入り口には、吹き抜けのホールに飾られた素晴らしい飾り木。
- 歌劇場の前の小さな噴水が光っているのは何故かと言えば、月や星の妖精が随分いる。歌劇場から漏れ聞こえる音楽を、水浴びしながら楽しむ。
- 歌劇場の入り口の階段には、真紅の絨毯が下まで敷かれている。
- 見事なドレスの貴婦人が、見るからに高貴そうな男性と共に談笑しながら入ってゆく。
- 雪景色の中に浮かび上がる歌劇場の屋根には、どう見ても小さな竜がいる。
- ただの贅沢ではなく、これはお伽話の歌劇場。
本日のディノ
- 長命高位の揺るぎなさを纏う、見事なくらいに魔物の王。
普段はちょっと残念だけれども、やはり、とてつもなく王様。
今晩の舞台
第一幕と第二幕の間に、夜の森の舞踏会の宴の幕を設けます。その間、皆様には主人公の少女と同じように、妖精や魔物達の歌や踊りをご覧いただきながら、晩餐を楽しんでいただきます。
今年はザハの料理人を借りておりますので、存分にお楽しみ下さい。
ザハファンのネアちゃん大喜び。
「今晩は、座席の方にまで舞台が侵食しているのですね。わくわくしてしまいます」
「同じ森の中にいるような演出なのですよ」
案内された薔薇のロージェと観客席
- 前回来た時にはなかった、美しい純白の蔓薔薇が壁を這っていた。
- みっしりと花びらの詰まった重たいつぼみが、葡萄の房のように垂れ下がっている。
- 見下ろした観客席にも、足元に置かれた結晶石のぼんやりした明かりや、壁沿いに茂る木々の演出が施されていた。
- 開演を待つ間も劇場の中にはらはらと白い花びらが舞い落ちる。
- やがて、客席が暗転し、歌劇場の中に雪が降り始めた。
- 手に触れる直前で淡く光って消える。魔術の雪のようだが、本物にしか見えない。
- 風の音に揺れる木々の影。そこに雪影が重なると、まるで、いつの間にか夜の森に放り込まれたみたいだ。
どうにもこうにも素敵すぎる。
魔術を演出にふんだんに活かしている世界の舞台は、ものすごく見てみたいです。
第一幕が終わると、水色の羽を持つ妖精の楽団が現れ、演奏を始めた。
これを合図に客席では晩餐の時間となる。
個室ではない客席の軽食
- イブメリア特製の金色の葡萄酒と、ホットサンドのような軽食が配られる。
- しかし軽食と言えど侮るなかれ、この普段では決して食べられない天才料理人達の軽食というものも、毎年人々の注目の的となる。
ネアの鋭い観察眼によるサンドイッチ考察
- オレンジ風味の鴨サンドイッチ
- 貴腐葡萄酒でマリネしたチーズとサーモンに香草のサンドイッチ
- ローストビーフかステーキのサンドイッチ
飯テロだわ。
薔薇のロージェに運ばれた料理
- 小花模様に縁取りされたお皿に、小さな薔薇の花を添えた前菜は、軽く燻製して冬葡萄の木の香りをつけた生の海老と、キャビアのようなもの、牛のコンソメのジュレに白アスパラガス。
- 雪菓子を砕いて振りかけたとろけるようなチーズに、薔薇の形に整えられた透けるような生ハム。
- フォークをつけるのが勿体無いくらいの、絵のような一皿。
- それでいて少な過ぎることなく、食べにくくもない美味しさ。
個室のロージェはとても特別。
歌劇のフィナーレ
わぁっと歓声が上がり、グラスを手に微笑み合う幸福な夜。
ネアも、ディノとグラスを合わせて持ち上げて微笑んだ。
香りの演出もあるのか、歌劇場は芳醇なイブメリアの香りに包まれていた。
林檎とスパイスに、花と葡萄の香り。
どこか懐かしくて、甘く豊かな香りだ。
視覚の演出と嗅覚の演出で、夢のような空間なのでしょうね。
素敵です。
ふっと視線が翳った。
滲むような水紺の瞳に、はっとするような鮮やかな微笑みの欠片を見たような気がする。
甘く暗い密やかで男性的な微笑み。
その口付けを避けなかったのは何故だろう。
「真っ赤だよ、ネア」
顔を少し離して、首を傾げるようにディノが微笑みを深める。
なぜかこういうののほうは照れない魔物の王様。
基準がわからない。
「今日だと良かったけれど、ネアの指輪はまだ付け替えの時期ではないからね。また今度更新しよう」
「………ディノ」
「うん?」
「このオペラによると、魔物は、伴侶にしか指輪を与えないそうなのですが……」
「そうだね。己の魔術と命を削る覚悟を以って、指輪を与えるから」
魔物の指輪
- 伴侶にしか指輪を与えない。
- 己の魔術と命を削る覚悟を以って、指輪を与える。
歌乞いと魔物は、死ぬまで寄り添う
「死が二人を別つまで?」
「そうだね。死如きに別れを許すかどうかはさて置き」
「ふふ。私の魔物は強欲ですね」
「………わかってるのかな」
この世界、終わり方もさまざま。
ネアちゃんからディノへの贈り物
- 真っ白な箱に、濃紺のリボン。
- 箱から出て来たのは月光の結晶石の小さなケース。
- ぱかりと開けば、鈍く光る一つの宝石が白い天鵞絨のクッションに乗っていた。
- カットが美しく透明度も高く、青みがかった暗めの灰色に菫色がところどころに混ざっている。
「これ、……もしかしてネア?」
「ええ。リノアールの職人さんに、私の髪から紡いで貰って育てた宝石です。宝石を育てる妖精さんには、そういうことが出来るんですよね。ディノがどんな装飾品を好むのかわからなかったので、今は石だけですが、その宝石店に持ち込めばどんな加工でもしてくれますよ」
髪の毛から宝石を育てることができる・・・。
現世では骨からダイヤモンドになれるという加工ができるというのがあるけれど、本当かどうかはさておき、生きてる状態のナニカが宝石になることはないので(結石はなんか趣が違う・・・真珠と育成過程は似てると言われたらそうかもしれないけど、なんか違う・・・)髪から宝石が育つのはいいな、と思いました。
でも髪色によるなら、日本人は黒色か白色しか育てられないのかな。
指先の長い綺麗な手で、月光の結晶石の箱を大事そうに包み込む。
綻んだ口元の微笑みと、目の煌めきだけでとても喜んでくれたのがわかる。
カードまで読む余裕がなさそうなのが、また稚く可愛らしい。
(まったくもう、あなた達はこんなに長く生きるのに)
こんなに美しく、力に溢れているのに。
(こんな風に喜ばれたら、何でも与えたくなってしまうわ)
ディノ嬉しすぎたのですね。
「だからディノ、もう私の髪の毛を集めてはいけませんよ」
「………え」
以前封筒に収集されているのを見つけてしまってから、どれだけ慄いたことか。
しかし、事もあろうに、ディノは傷付いたような顔でこちらを見上げた。
「発見した二個目の封筒は、すぐに廃棄します」
「そんな、ご主人様!」
ご主人様の落ちた髪の毛を集める魔物。
人間側からしたら怖い行為だけれども、魔物の髪の認識からすると、髪の毛は大事というか、変わらないものというか。
「酷い……」
「そんな顔をしても駄目です!抜け毛を収集される、ご主人様の気持ちになって下さい!」
薔薇のロージェの床には、魔術の雪と花びらが積もっている。
イブメリアの歌劇場のその部屋には、暫くの間深刻な交渉の声が続いた。
可動域の低いネアちゃんの髪の毛は貴重なので大事に拾う魔物。
でも人間側からすると、抜け毛収集・・・。
私は、飼い猫のブラッシングした毛を丸めてガラスの瓶に集めているものがあるのですが、猫的にはどんな気分なんだろうか・・・と思ってみたり。
猫の抜け毛をフェルトにして小物をつくる作家さんもいるので、きっと大したことないと思うようにしていますが。