「クッキー缶と家出の理由」より
ゼノがもらったクッキーの空き缶を捨てないどころか、大事に手入れしているところにグッときました。
「今日は何をして過ごしたんですか?」
「クッキーの缶を磨いてた」
「……クッキーの缶を」
「うん。缶用の磨き粉があるんだ。でも、表面を磨くと絵柄がなくなっちゃうから裏だけ」
ゼノーシュが磨いていたのは、さして高価でもないクッキー缶なので、決して磨き粉を使ってまで保管するような品物ではない。
(濡れ布と仕上げの布まで……)
気に入った武具の手入れでもするかのように、ゼノーシュは溜め込んだクッキーの缶を磨いている。
ゼノーシュの部屋は今や、クッキー缶で収納の大部分が埋め尽くされようとしていた。
お部屋の大半がクッキーの空き缶で、しかも手入れがされている。
事の発端はグラスト自身が色々と買い与え始めてしまったからだが、祝祭用に買い与えた八缶を、まさか一晩で食べてしまうとは思わなかったのもある。
あの時は、本気でゼノーシュの病気を心配した。
明らかに糖分の摂り過ぎだが、幸い体には何の異変もない。
体型が変わるということすらないらしい。
魔物の体質羨ましすぎる(切実)。
そしてゼノの家出。
「ゼノーシュ、少しは片付けないとだめですよ」
契約の魔物を自分の息子のように抱き締めた日から、随分距離は縮まったように思う。
こちらからも言える言葉は増えたし、彼からの要求も増えた。
新しい枕があるので古いものは早く捨てろと叱ってくるところなど、本物の息子のようだ。
だから自分も、ついつい親のような気持ちで叱ってしまったのだ。
「古いものは幾つか捨てたので、あまり貯め込まないように…」
「…………捨てちゃったの?」
呆然とした顔でこちらを見上げているゼノーシュが、見る間に涙目になる。
これは失敗したようだと悟れるぐらいには、悲しげな顔だった。
「しかし、あれは空き缶で………」
「グラストに貰った缶、僕の宝物だったのに」
(しまった………)
子供特有のあれだ。
意味のないものではなく、その子にとっては特別に意味のあるものだったのか。
慌てて慰めようと手を伸ばしかけたが、ゼノーシュはぱっと駆け出した。
「ゼノーシュ?!」
「僕、家出する。一週………三日ぐらい!」
「待ってください、どこに行くんですか?!」
「家出だから内緒。その間グラストは、勝手に仕事するの禁止だから!……………困った時だけ呼んでいいよ」
家出にしては手厚すぎる言葉を残し、ゼノーシュは姿を消してしまった。
ケアばっちり(仕事に支障のないように)な、優しい家出。
「どうやら舞台か小説の影響で、ゼノ的には家出をしないと、自分の傷心具合を主張出来ないと思っているようなので、今夜はこちらの部屋に泊まらせてあげて下さい。でも、探している様子を伝えてあげると喜びます」
「……舞台か小説の影響?」
「ええ。ご主人の浮気に激怒した奥様が、一週間実家に戻った結果、二人は仲直りする物語だそうです」
「…………なぜ夫婦ものを参考に」
「家出という文化が新鮮だったみたいですね。少し仲良くなったからこそ悲しかったみたいで、ゼノなりの甘え方でもあると思います。付き合ってあげて下さい」
「しかし、ご迷惑ではありませんか?ディノ殿は…」
「確かにうちの魔物は拗ねてしまって巣に引き籠っていますが、こういうのも社会勉強ですからね」
ディノ・・・。お労しい。でもなんか王様の拗ね方、かわいい。
「……巣」
「………巣」
思わずヒルドと顔を見合わせ、沈痛な眼差しになった。
以前、歌乞いとしての観測交渉の際にそのやり取りは耳にしていたが、今回の会話の流れから察するに、やはり実際に住んでいる“巣”であるようだ。
あそこまで高位な魔物になれば、巣を形成したりもするのだろうか。
魔物の生態は謎に包まれているていだけれども、ディノ基準で研究をすすめていいものだろうか。高位の魔物は巣を形成する。
結局、ゼノーシュが家出から戻るまで宣言通り三日かかった。
高位の魔物なりの矜持として、あまり前言撤回するのは好きではないらしい。
意外に子供っぽいところと、妙に老獪な部分を知り、最終的には賄賂で機嫌を直してくれた。
代わりに、もっと宝物になるようなものをあげてはどうだろうかと提案したのは、部下の一人だった。
決して好みを外さないよう、クッキー缶を大切にしていた感性を汲んで選べと言われたので、街の玩具屋で売っていたクッキーの形をした大きなクッションを買ってきたのだ。
男の子にぬいぐるみのようでどうかとも思ったが、クッションであればいらなくても使い勝手はある。
ゼノーシュは機嫌を直したどころか、
それ以来、そのクッションを抱えて寝ているようで一安心した。
時々持ち歩いてしまうので、ますますクッキーモンスターと呼ばれている。
さらに可愛さがパワーUPしてしまった。どうするんだ。どうしたいんだ。
それにしてもクッキー缶、現代はとても可愛いモノがいっぱいなのですね。
私の幼少時のクッキー缶といえば、青い缶のバタークッキー缶です。
かつて、お中元では必ずあった、懐かしのクッキー缶。
沖縄はアメリカだった頃があったので、アメリカ産だと思っていたのだけれど、デンマークのクッキーでした。
ポーク缶などもデンマーク産ですし(デンマーク産のチューリップ派とアメリカ産のスパム派に分かれ、私はチューリップ派)、ステーキソースで定番だったA1(エーワン)ソースはイギリス産でしたし。意外と、ヨーロッパのものは多かったりする沖縄です。
クッキー缶。検索すると、美味しそうなのがザクザク出てくる・・・。
ゼノな体質だったら良かったのになーと思います。